おすすめスポット
~東京都豊島区千早~
グリーンフィールドクラブ美術館
熊谷守一は、美術館のある東京・千早町に四十五年余住み、九十七歳で永眠したが、岐阜付知の出身である。
初代岐阜市長であった父親の反対を押し切り、一九〇〇年、東京美術学校西洋画科に入学したが、在学中に父の死と破産にあい、卒業後は、農商務省の樺太調査隊に加わり、二年ほど船に乗っていた。
初期の代表作「ローソク」は、その頃住んでいた谷中の下宿で、夜、実際にローソクをともして描いた自画像で、文展に出品、褒状を受けた。
暗色の写実的な絵は、レンブラントの影響を多分に受けているといわれる。
実母の死を機に帰郷、筏流しの旦雇いをしながら六年間暮らし、上京後は二科展に作品を出品、四十二歳で「某婦人像」のモデル大江秀子と結婚する。
子供が次々生まれるが病気がちで、家は貧乏のどん底にあり医者に見せることもままならず、次男の陽を失う。